小田原城の動物園に昔ライオンやキリンがいたって本当?

小田原

平成年にリニューアルされ、歴史的な城としての重みを増したかに見える小田原城。しかし私が子供の頃は城と言うより「動物園」というイメージが強かったんですね。

 

象やキリンはもとより、確かライオンもいたと思うのですが…。

 

 

今回は小田原城の中の動物園を解説していきますね!

 

小田原城動物園。現在の住人は猿

小田原城の赤い橋。学び門を渡り、二の丸から本丸向かう常盤木門を潜ると、直径約5メートル、高さ約7メートルの円柱形の檻の中で駆け回り、また時おり激しく牙を剥いていさかいをする動物。

小さな檻の中にも上下関係があるのか、ボスをトップに暮らしているのは9頭のニホンザル。

 

あれっ!サルしかいませんね?

ちょっと小さいけれども、ひととおりの動物は居たはずの小田原城の動物園。

もしかして私の記憶違い?

70種332点の動物がいた動物園

象のウメ子

象のウメ子

調べてみると、

小田原動物園は1950年、市が催したこども文化博覧会に伴い、やはり城の敷地内につくられた遊園地とともに開園。ウメ子が上野動物園から来園した。

当時の動物数は「38種93点」で、キツネやニホンアナグマ、カニクイザル、タイワンザル、ワニ、アヒル、インドクジャクなどが飼育されていた。それから、本格的に動物の種が増え、市の記録ではピーク時の86年にライオンやヒグマなど70種332頭の動物が飼育されていたとありました。

やっぱり居たんですよね!

はい・キリン・ライオン・フラミンゴ、アザラシ・ヒグマ・ツキノワグマ等順調にその種を増やして行ったんですね。

昼寝するライオン

昼寝するライオン

小田原城動物園廃止の方向に!

小田原城が城跡として整備され、59年に国指定史跡となった後、文化庁から「城跡に動物園が混在するのは史跡として如何なものか」との指摘を受けたのと、老朽化を契機に動物園を「撤去を図る施設」の一つに位置付けました。

動物園廃止の方向に舵を切ったのは時代の流れであり仕方のない事だったのかも知れませんね。

その後、市は2005年度から「本丸広場環境整備事業」で本格的な撤去に着手。動物は日本動物園水族館協会を通じて移転先を探し、全国の動物園や公園に順次引き取ってもらうべく、動物達の大移動が始まりました。

二羽のフラミンゴ

二羽のフラミンゴ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に残されたのは猿

ここで「何故猿が取り残されたのか?」一言で言えば、サルの習性。「サルは、縄張り意識が強く、既にサルがいる施設では移転先のサルと喧嘩してしまうので、小田原動物園のサルだけでの新規移転が前提になる」のだそうだ。

また、市が管理委託する「小田原こどもの森公園わんぱくらんど」(同市久野)への移転も一時期、検討されたが、野生のサルを呼び寄せる可能性がある事と、来園者の安全確保、或いは周辺農家の農作物被害が予測される事から断念した経緯がある。市は引き続きサルの引き取り手を探してきたが、見つからないまま10年になろうとしている。

座り込む猿

座り込む猿

まとめ

1950年から小田原動物園で多くの人々に愛されてきたアジアゾウの「ウメ子」(メス)が2009年に死亡・推定年齢62歳は人間の100歳超に相当し、国内で飼育されている象の中では最高齢!

2005年度からの「本丸広場環境整備事業」における動物達の移転に際してはその高齢から、ここを終の棲家にと市の意気な計らいで大往生出来た事には本当に良かったと思いました。

サル達もまたしかり。

餌代だけで年間約60万円を支出しているとの事ですが、仮に移転をすることになったとしても、サル達にとって最も幸せな環境での移転であるよう切に願います。

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